連載「流域治水とグリーンインフラ」(全4回/4-2)

【最終回】

パネルディスカッション「流域治水におけるグリーンインフラの役割」

パネルディスカッションのようす

CO2バンク推進機構が8月10日に開催した「ゼロカーボン長野プログラム2022 グリーンインフラフォーラム オンラインシンポジウム~流域治水におけるグリーンインフラの役割と可能性~」。基調講演とパネルディスカッションの模様を紹介する連載の第4回は、パネルディスカッション「流域治水におけるグリーンインフラの役割」を取り上げる。

コーディネーター:上原三知氏

パネリスト:吉谷純一氏/瀧健太郎氏/秋葉芳江氏/金清典広氏/中根達人氏/小松誠司氏/宮入賢一郎氏

上原 流域治水の概念を住む人たちに持ってもらうには?

吉谷 流域の概念を今の方々が持っていないということをどう解決したらよいか。という即効的な解決策はわからないが、おそらく昔の人たちは持っていたものではないか。その理由は、江戸時代は流域をひとつの単位として産業が成り立っていったからでは。

当時の主な燃料源は薪で、山の木を伐採し、川を使って下流域に運ぶ。流域そのものが産業構造になっていった。産業と共に文化も流域で発展していった。それが今なくなったと言われているのは、鉄道ができたからと言われている。

鉄道ができ、そのつながりがメインになってしまい、流域の産業構造がなくなっていき、意識的にも流域の意識がなくなっていった。昔に戻すというのは現実的ではないので、現在の社会基盤を前提に、昔持っていた流域の概念を考えていく必要がある。例えば小学校の理科の授業の中でもそうしたことを説明するとか、地道な努力が必要なのでは。

上原 都市のイメージを描かせる実験では、地域にいるお年寄りには描けるが今の子どもたちはそれができない。森に入り川で遊ぶ、そうした経験ができないため、彼らの中の信州のイメージは家と道路と学校になってしまう。イメージを広げることを子どもたちに教えていくのもひとつかと思う。

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上原 情報自体がばらばらになっているものを複数単位で考えること、一般市民が地形ベースで認識できること、滋賀県での経験からお話しいただきたい。

 今は国土地理院によるデータなど詳しく見ることができる。当時、滋賀県のマップを作るときにすごくコストがかかったのはデータを拾ってまとめることだったが、今はグリーンレーザーによる河川のデータなど簡単に手に入るようになってきた。

さらに、コンピュータの性能も良くなってきたことで、計算している技術はそこまで難しくはなくて、今は(そうしたデータ収集を)やるかやらないか、というところになってきた。さまざまなガイドラインも作られているので、そういう地図が日本中にできることも将来そんなに遠くないのではと思っている。

また、地形的に危険かどうかということを、昔の人は体感的にわかっていた。流域のスケールが大きくなればなるほどイメージしにくくなってくる。例えば田んぼダムをすることも、遠くの見えない人のためにするというより、近くにいる見える人のためだと思えば一肌脱ごうかなと思えるのでは。「見える範囲」で考えるのが大事なのではないか。

滋賀県の霞堤遊水地の事例を紹介すると、集落の共有地として、霞堤に付帯する遊水地を保全。被害を受ける側と得する側が一体になっている。被害を受ける人とメリットを被る人が離れていると同意が得にくい。小さな単位で成り立っているものを積み上げていくといい。

できることから取り組み、徐々に小流域、中流域と範囲を広げていくように、トップダウンではなくボトムアップのやり方で積み上げをしていくのが良いと思う。見えるところから始めて徐々に広げていくことが流域治水に取り組むポイントかなと、最近特に思うようになった。

上原 距離が遠すぎると行動に繋がらないが、見えている関係だと取り組みが進むというところが面白い。かつ、それがまわりの地域にとって認識されていけば、避難行動自体も動きやすいし、(灌水を受け入れた農地に対して)その農家を応援しようというようなインセンティブになる。そういうことまで考えられれば。税金を免除する免田のような、ポジティブな資産としての共有地の使い方の事例として参考になる。

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上原 複合的に見ていくことが大事だが、実際にはなかなか難しいなか、瀧先生のスライドの中で出てきた橋梁を堤防にする場合と透かして水を逃がす場合とで分ける事例がまさしくランドスケープデザインだと感じたが。

金清 (その流域の)状況をどう理解しているかということの表れだと思う。理解していれば、それ以外の方法を考えないのでは。道路は道路のことしか考えない、というふうに進むことが問題。それこそ情報共有が必要ではないか。必ずしも守られているだけではなく、共存しているんだと認識されれば、暮らしの中で身についてくるもの。

瀧 (滋賀県での事例は)すごく大変だった。リスクを計算して数字で出さないと道路管理者に依頼することもできなかった。やはり情報を現代のやり方で見える化することがすべてのスタートなのかなと思う。

ただ、リスクはグラデーション。その曖昧なところをどうデザインするかというところがすごく難しい。地域のことをどこまで理解している人がいるか、ということにかかっている。滋賀県でも、あまり嫌な情報をベースにしか政策が組めなかったことが辛かったので、もっと流域の恵みとか美しさとか快適さをよりよくするためにやりましょう、というワクワクするやり方で、結果として治水安全度が上がっているといったほうが流域治水に向いていると思う。

上原 兵庫県でも、話し合いのテーブルができたことでいろいろと相談できるようになったことが財産だというお話がありました。

秋葉 県民として見ていたのは、武庫川ではダム建設もありいろいろな人に痛みを伴うものだったが、総合治水に転換しようという提言を出し、やれることは何でもやるんだというトップの固い決意とともに、庁内横断的な体制をとってくれたことが大きなトリガーになった。

部署を越えて話し合いを進めるという場はもちろん、協議会で話し合う場ができたことが大きな追い風になった。情報を単にデータとして共有するのではなく、現場の運用をしながらコミュニケーションを伴う場を意識してつくることが重要だと思う。

兵庫県で10年間のうちに進めてきた6つの流域対策を合算すると、東京ドーム約9個分の雨水貯留量に相当する。みんなのコミュニケーションがないとできなかったのではないか、という数字だったと思う。

上原 とはいえ、信州は南信と北信で川の流れる方向が違うとか、議論のスケール感についてどう考えるか。

小松 長野県は77市町村あり、信濃川、天竜川、木曽川の3つの水系を持つ。全体の話は水系単位で話し合い、上流・下流を含めて情報共有していくのがいいのではないかと考える。一般の参加を意識すると流域だと広すぎてしまい、どこを目指しているのかわからなくなってしまうので、地区単位、集落単位から始めていくと入りやすいのではないかと感じている。

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上原 他地域を含め実際の災害を通じて学べることは。

中根 まず、現在信濃川水系で進めている緊急治水対策プロジェクトについてご紹介したい。令和元年の東日本台風を受け、流域全体で進めているもので、立ヶ花の狭窄部では当時、堰上げの現象により、長沼で甚大な被害が発生した。このあたりの河道掘削や中野市で遊水地整備を進めているところ。

プロジェクトはロードマップを掲げ、令和9年度の完了を目標に計画的に進めている。これまでに災害復旧が完了し、令和4年度から第二段階に入っている。今後も河道掘削や遊水地、堤防強化などを段階的に整備していくが、終わりの年度を掲げて大規模なプロジェクトを進めていく中で、地域の皆さんにひとつひとつ丁寧に説明し、計画的に進めていく必要がある。そうした中に、グリーンインフラも一緒に進めるというのは、現場が動く段階で非常に苦労していくと思っている。

以前、鹿児島県で携わった「曽木の滝分水路」を事例紹介したい。川内川(せんだいがわ)は平成18年に豪雨で甚大な被害を受けた。左岸側に約400mの分水路を整備された。あえて河道を蛇行させたり、高木を植樹して自然な河川空間の景観を形成した。こちらはグッドデザイン賞を受賞している。

設計から施工まで地元大学の先生や学生に協力をいただきながら、入念な事前検討を行い、自然景観保全のために地形改変を最小限に抑えつつ治水機能を満足させた。結果、災害復旧にとどまらず近接する観光地と連動し新たな価値を地域に創出した災害復旧・復興の好事例となった。いろんな方を巻き込んで、治水だけでなく地域づくり、観光づくりのイメージを共有し、中長期の展望を持ちながら進めていくことがよかったのでは。

千曲川においては分水路を整備する予定はないが、こうした事例を参考に、いろんな方を巻き込んで長野県でも実現できればいい。

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上原 経験から学ぶという観点で、総合治水が1980年代に行われた理由として、急激な都市化と民間の整備が進んだというインセンティブがあったということだが、現在は災害が激甚化・頻発する中で人口が減少し(1980年代の)逆局面になっている。その中で流域治水を進めるのにインセンティブになることはあるのか?

吉谷 流域治水の概念図を見てみると、昔の総合治水にはなかったものが入っている。リスクの高い地域から比較的安全な地域へ移転する、というもの。これは例えば高齢者施設のように避難が困難な方に対してリスクの高い地域から低い地域に移転するよう促すためだと思う。高度成長期にはこういう解決策はあり得ない。土地がないから。人口減少する現在の長野県においては、うまく都市計画の中で時間をかけてこうした点を重視して進めていくことができるのではないかと思う。

 昔と一番違うのは、技術の進歩。降雨の予測技術や河川氾濫のリスク評価の技術が格段に上がっている。加えて、河川管理者以外の協力が得られる社会情勢になっている。

上原 昨年、東京農工大の亀山章先生がおっしゃっていたが、一般市民が生業としてではなくホビー的に自然に関わることができるという意味で、今まで関わることができなかった人たちの協力を得られるのはインセンティブになり得るのかもしれない。

秋葉 地域を一番知っているのは住んでいる人だと思う。身近なことだと、「まち歩き」をしたらいい。まちを地道に理解することが一番。長野県は「安全だ」という人が多い。体を伴って学ぶことで、地域を知ることができる。非常に意味があることだと思う。

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上原 長野県における流域治水、グリーンインフラの可能性は。

小松 自然が多い信州だが、推進計画が目指すのは単に緑を増やすだけではない。そういう意味で、グリーンインフラはまさにこれから。流域治水の観点では、グリーンインフラ推進の一環で浸透性の施設をできるだけ増やしていくということは、一般の方が入りやすい入り口になる。入り口を大きくしないことが結果としては近道なのでは。

中根 できるだけ若い方に携わっていただき、流域治水は急にできるものではない。何十年もかかるものもある。将来のビジョンを語りながら長期的に取り組んでいけるようにしたい。推進する原動力となる人材を育成するとか、外部から得意な方を長野県に呼ぶなどすることも大事なのでは。

秋葉 流域治水、グリーンインフラ、切り口は何でもいいが「サスティナビリティ」にビジネスチャンスが来ている。とくに長野県の大多数が中小企業だが、そういう企業こそチャンスだと思っている。サスティナビリティの切り口を今の事業にちょっと足すだけ。その積み上げによって、結果的に地域のレジリエンスが向上する。その際に重要なのは、「できない」というマインドを捨てること。できないと言っていたら何もできない。「できない」を言い続けている余裕は私たちにはないはず。

吉谷 かつて住んでいた茨城県つくば市は、5~600mごとに公園がたくさんある。信州のグリーンインフラが目指す将来のロールモデルはつくば市にあるのではないかと個人的に思っている。グリーンインフラをつくっていくときには、今の環境のままつくっていくには限界がある。都市計画の中でうまく組み込んでいくことが重要だ。

瀧 グリーンインフラ官民連携プラットフォームの技術部会に関わる中で、最近わかってきたのは、グリーンインフラは自然の恵みや地域資源そのものだということ。その地域しかできない経済活動を行うことで、自然に治水効果や生物多様性にもつながる。ワクワクするし、活発化する。行政もそれを後押しする取り組みをしたらさらに盛り上がると思う。

金清 ランドスケープ的に考えると、治山、山のほうはどうなっているのか。地場通型の林業を行っている若い方の話を聞いた。こうした事例は今後どんどん出てくるんだろう。一緒にコミュニティに参加していただく機会が増えていけばいい。(おわり)