連載「流域治水とグリーンインフラ 」(全4回/1)

【第1回】あらゆる対策を総動員する流域治水~吉谷純一氏講演より

信州大学工学部 水環境・土木工学科 吉谷教授

CO2バンク推進機構が8月10日に開催した「ゼロカーボン長野プログラム2022 グリーンインフラフォーラム オンラインシンポジウム~流域治水におけるグリーンインフラの役割と可能性~」。本紙では、基調講演とパネルディスカッションの模様を4回にわたり連載する。第1回は、信州大学工学部の吉谷純一教授の基調講演「あらゆる対策を総動員する流域治水」を紹介する。

現在の流域治水は、高度成長期(昭和50年代)の「総合治水」とたいへん似ている。治水は河川管理者が河川改修など整備を進めるのが基本だが、それだけでは追い付かないことから総合治水が進められた。具体的には保水地域、遊水地域、低地地域を設定し積極的に水を溜める流域対策を含めた点が最大の特徴の施策だ。

総合治水で最も先駆的な取り組みを行った鶴見川流域では、急激な都市化が進む中、同じ降雨でも(開発前と後で)河川流量が2倍以上になった点や、浸水地域に宅地開発が進んだことで被害がますますひどくなるということが起こった。そこで流域の中で対策を進めようと、民間負担(開発者負担を義務化)によって雨水貯留施設を2000箇所以上、容量にして250万㎥整備された。民間による負担を求めるには合意形成が難しいものだが、この地域では地元住民が持つ河川氾濫に対する危機意識を、行政を含め社会全体で共有できたことが成功の秘訣ではと思っている。

グリーンインフラが持つ多様な機能の一つが治水。千曲川の流域面積1万1900㎡は山に囲まれた地形であまり雨が降らないが台風が来ると地形性の大雨が降り、特に佐久圏域で大雨が降る傾向が見られる。なおかつ河川に沿った限られた盆地に居住地や産業が集中している構図になっている。

そのような流域のランドスケープを一般の方が理解しているかというと、決してそうではない。流域の概念の欠如により、大雨警報解除後に避難先から戻るなどの過ちを冒してしまったと言える。鉄道ができる前、江戸時代くらいの人たちの方がかえって流域の概念を常に意識して生活していたのではないだろうかと思っている。急激な都市化がきっかけだった昭和の時代と異なり、近年は頻発化する激甚災害をきっかけに、(河川管理者だけでなく)住民のみなさんや企業がみんなで取り組むということが流域治水の最も重要なところだ。

いくつかある取り組みのなかから、今日は3つの事例を紹介したい。

1つ目は、電力会社等とも協力した例。犀川の上流には大きな東京電力の発電専用ダムがあり、大雨が降る前に水の一部を放流して水位をあらかじめ下げる「事前放流」によって洪水調節を行う。ただし、言うのは簡単かもしれないが、実際に運用するのは難しい。事前放流しても雨が降らなければ、その分発電できたはずの量が発電できなくなってしまい大きな損失になってしまう。ですが、最近の降雨予測の精度は以前より格段に上がっていることから、事前放流が効果的な取り組みになってきている。千曲川河川事務所では、昨年8月の大雨のときに(安曇3ダム=稲核、水殿、奈川渡)実際に事前放流を行い治水に大きく貢献した。

事前放流は有力な手段だが、既存施設を融通して行うものなので、そもそも施設がないと運用できない。犀川上流には発電専用ダムがいくつもあり大きな容量を持っているが、千曲川上流を見ると既存施設があまりない。こういうところで事前放流をやろうと思っても、効果は限られてしまうという特徴がある。

2つ目は、「ため池貯留」について紹介したい。浅川流域では、18のため池で水位を低下させて洪水を調節するということを行っている。始めたきっかけは、浅川排水機場が(2019年10月の)東日本台風によって被災し排水ポンプが機能しなくなったこと。その代替措置としてため池貯留が始まった。

どのように調節するかというと、普段は常時満水位まで水を溜めて農業利用するということをやっているところを、契約に基づいて(例えば)1m低い水位で常に保ってもらうことで、常時満水位まで雨水を溜めることができるというもの。ため池貯留がどのくらい効果があるのか、18のため池で実施したものを流量で評価したところ、低減量はおよそ5.52㎥/sをため池で低減しているという結果に。浅川第一排水機場のポンプ能力14㎥/sのおよそ40%に相当するという結論となった。

3つ目は、「逃げ遅れゼロ」に関して。台風19号では長野市だけで1700人を超える逃げ遅れが発生した。長沼地区では、ほとんどのところは2階までは浸水していないが、洪水ハザードマップをみると、想定最大規模の浸水深は10m以上。2階建て家屋がすべて浸水する深さ。もっと大きな氾濫だったらと思うと、ぞっとする。ということで、長野県ではとにかく逃げ遅れゼロを目指そうと打ち出している。

内閣府が行った住民アンケートの結果によると、台風19号接近時に避難しなかった人が78%いた。長野市での避難の状況を行政がアンケ―ト調査したところ、避難しなかった人は22%と全国的に見ても圧倒的に少ない。住民の方の危機意識が高く避難行動を起こしている人が多いが、それでも逃げ遅れが1700人発生しているため、これを限りなくゼロに近づけなくてはならない。

避難行動に移せなかったことは、必ずしも心理的なものだけではない。ランドスケープのような知識を持っていないから避難行動に移せなかったとも言える。知識の不足、あるいは誤った知識を持っているということもネックになっている。それをどう変えていくかは非常に難しい問題。そこで注目しているのが、子どもを通した防災教育。小学生を対象にしたラジオ工作を通して、防災の教育をセットにした啓蒙活動を行っている。子どもを通して親御さんにも正しい知識を持ってもらいたいと活動している。(終わり)