講演録「稗田山崩れ110年 地域が主役の砂防~地域を元気にしていく砂防の取り組み~」

(前)国土交通省水管理・国土保全局 砂防部長 今井一之氏

国交省の今井一之前砂防部長が講演

1911(明治44)年8月未明、長野県小谷村の浦川流域において、稗田山の大崩壊が発生し、下流域に甚大な被害をもたらした。110年の節目を迎えた今年、改めて大規模土砂災害の恐ろしさを伝承し、その備えを進めるとともに、地域資源としての砂防施設の活用に向けて理解を深めることを目的に、本講演会が開催された。

近年の大規模土砂災害

近年の大規模災害についていくつかお話ししたい。みなさんの記憶に新しいのは今年の夏に発生した静岡県熱海市の土砂崩れだろうか。土石流の怖さを身に染みて感じたのではないか。土石流は全国で年間1000件ほど発生しているが、あのような現象を見ることがなかなかできない。貴重な映像をとらえることができたことは素晴らしい。

平成23年8月の台風12号により発生した紀伊の大水害は、山腹崩壊に加えてダム湖ができた。稗田山崩れと現象は同じ。現在ではダム湖を切って安全に水を流さなければならないため、掘りすぎず適度に埋めながらダム湖を無くしていく作業が行われた。

もうひとつ、平成30年4月に大分県中津市の耶馬渓で起きた山腹崩壊では、無降雨にかかわらず斜面崩壊が起こり死者6名を出す被害が発生した。原因の特定はなかなか難しく、最終的には地質的要因だと結論づけた。こういう現象もどうしても起こりうると意識していなければならない。

土石流災害に加えて、近年多く起こっているのが、土砂・洪水氾濫という現象。平成30年7月豪雨では、広島県呉市で人家に直接被害を加えるような土石流に加えて、上流域で発生した土砂が下流で堆積したため河床上昇し、洪水氾濫が発生してしまった。土砂・洪水氾濫を防止するためには、上流域での土砂流出防止対策が必要になる。

平成24年3月に新潟県上越市で発生した地すべりは、融雪により地すべりが発生し人家11戸が損壊した。これも無降雨時に発生したものだが、その3日ほど前から大雨が降り山に相当な雨水が溜まっていたことと思われる。1時間に2.5メートル、緩やかに人家に迫る土砂が目に見える。3月7日発生後、水を抜き続けて土砂が止まったのは20日という、気の長い作業が行われた。

こうした現象はどこでも起こるわけではないが、砂防の課題のひとつとして、これがどこで起こるのかを次の世代に引き継いでいかなければならない。

稗田山崩れ

松本砂防事務所が作成した姫川流域の大規模土砂災害史がある。その中からエッセンスだけ取り出して紹介したい。

姫川流域は、源流まで歩いて行けるという場所は珍しい。ぜひ一度足を運んでみていただきたい。歴史を見ていくと、500年前に姫川右岸側の真那板山が大崩壊して姫川をせき止め、大規模な天然ダムが形成された。その後も姫川は頻繁にせき止められてダム湖ができていく。決壊して氾濫する。そして明治44年に稗田山の崩壊が起こった。新潟県と長野県の県境をまたいでいるから、直轄砂防として松本砂防事務所が仕事をしている。

平成16年に上空から撮影した稗田山の写真をご覧いただきたい。10年後の平成26年にも違う角度で撮影したが、ほとんど変わっていないのがわかる。山肌はなかなか植生が進まない。ここを無人化施工で斜面を切って緑化することにも試みた。いずれそんな施工が進むようになることに期待している。

砂防事業による地域活性化の取り組み

私が松本砂防事務所に係長として赴任した頃、白馬村の平川源太郎砂防ダムが築造された。「はじめに砂防ありき」の言葉が書かれた碑が砂防堰堤の脇にある。砂防施設の整備が進んだことで、雑木林だった下流域で別荘地が開発されるなど、荒廃した扇状地の土地利用が可能となり、観光地白馬の礎となっている。村の発展のために取り組んだことがよくわかるものだ。しかし、高度経済成長期には安全な土地をつくるということが大きくなり、河川と別荘地を分断してしまったのが残念なところ。

その反省を生かしたのは、松川。河原を有効活用した流路工の構想。1998年冬季オリンピックの誘致をしている最中だったので、これを有効活用していこうと、仮設駐車場として提供した。平時にどう活用するかということが重要だ。

岐阜県の多治見砂防国道事務所で、里山砂防として地域の方々の力を全面的に応援した事例。下草刈り、樹木伐採など、普段から地域の方が裏山を大事にしてくれていた。当時事務所としてこうした活動をどう支援できるかと考え、地域住民やNPOなどと協働で「みんなで砂防をやろう」と取り組んだ。2年がかりで合意書の締結まで取りつけた。

NPO法人の方々は、自分たちの防災意識が高く、自らが防災に取り組む熱い気持ちを持っている。梓川流域を守る会では、梓川およびその支流で実施されてきた砂防や治山の歴史を継承し、一層の砂防事業の促進を図るための活動を展開することを基本とし、あわせて松本市安曇地区および奈川地区の住民等の安全・安心の確保、防災意識の向上、安全なまちづくり、環境の保全等の活動を支援し公益の増進に寄与することを目的としている。

内閣府が示すインフラ整備による効果では、社会資本の効果のうちストック効果として「安全・安心効果」「生活の質の向上効果」「生産拡大効果」をあげているが、私はこの生産拡大効果の中に観光施設としての有効活用も含むと考えている。観光がインフラとどう結びつくかを意識して取り組む必要があると思う。

最初の赴任地が山梨県だったが、甲州市勝沼町のぶどう畑を守る砂防施設を紹介したい。大正6年に完成した勝沼えん堤の案内看板が現地にあるが、注目してもらいたいのは、この看板を町の教育委員会が作成しているということ。教育という分野からこの施設を生かそうと取り組まれていることに感動した。「ワンデイウォーク」という1日かけて勝沼町をまわるコースのひとつになっているとのこと。地域の財産を、地元の方だけではなくいろんな方に知ってもらおうという、良い取り組みだと思う。

天竜川水系の太田切川では、昭和36年に大規模な水害・土砂災害が発生し、砂防施設の整備が進んだが、こまくさ橋の架け替えにより旧吊り橋を撤去したが、地元の方から再び吊り橋を架けてほしいという要望があったため、安全な新しい橋とともにシンボリックな吊り橋も架け直してしまった。安全なものをつくるだけでなく、地域のシンボルができてにぎわった。工事と連動したひとつのきっかけで良い地域になった好事例だ。

小谷村のインフラツーリズムは私も素晴らしい活動だと感銘を受けている。珍しい土木アートを見学できるとあって人気のツアー。平成28年度から年2回ほど開催している。何がすごいかというと、地味だけどファンが多いこと。砂防堰堤の下を歩いている。参加した方がブログでその感動を書き込んでいて、こういう感想は大事にしたい。たぶんほとんど知らないところをまわり、あまり特徴のない砂防施設はほぼスルーされているという言葉も印象的。

他にも、栃木県日光市が観光協会とタッグを組んで取り組む「日光ツーデーウォーク」や新潟県十日町市と津南町の「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」などの事例。地域の方が協力的で、土石流のモニュメントを活用して観光地化している。

稗田山崩れを観光資源に

日本三大崩れの一つとされる稗田山は、地域の財産。ぜひ観光資源として使ってほしいと思っている。そのためには、松本砂防事務所は案内板を設置するなどしているが、それに魂を込めて、地域の方が愛してもらわないとなかなか難しい。

立山のように、日本の20世紀遺産20選の中に砂防施設が入っている。世界遺産として砂防堰堤を残すことは素晴らしい。

最後に、もしものときのために頑張る砂防施設。でも、災害は一瞬。平時にうまく活用して地域の方や役場と一緒になって、できる人ができるところをタッグを組んで取り組むということが大切。地域が砂防施設を努力とアイデアで上手に活用することが理想ではないかと思う。(終)