連載「動き出す信州のグリーンインフラ」(全4回)

最終回:パネルディスカッション「どう進める?長野県のグリーンインフラ」

当日はオンラインで特設会場より配信した。

<コーディネーター>

信州大学社会基盤研究所・学術研究院農学系准教授/上原三知氏

<パネリスト>

東京農工大学名誉教授/亀山章氏

公園財団常務理事/町田誠氏

NPO法人Green Connection Tokyo代表理事/佐藤留美氏

長野県建設部部長/田下昌志氏

信州緑花ネットワーク事務局長/宮入賢一郎氏

上原:まず、長野県にゆかりのある私を含む3人の方から話題提供をいただく。

■田下昌志氏の話題提供

今日は特に信州まちなかグリーンインフラ推進計画について説明していきたい。上原先生をはじめさまざまなご指導をいただきながら、特に若手の皆さんに自由な発想に基づいて策定させていただいた。

はじめに自己紹介させていただくと、私は虫が大好きで、土日になると野山を駆け回る生活。私と同様に、庭に蝶を舞わせるバタフライガーデンに取り組んでいる方は多数見られる。我が家の庭は某ハウスメーカーで庭づくり特別賞を受賞し、たくさんの蝶が舞う環境になっている。「信州人虫を食べる」という著書を書いた。実は自然に同化するため究極的には信州の伝統文化である虫を食べればより自然に近づくのではないか?という内容になっている。最近は健康ブームということで、休日にまちなかをランニングしていると特に気が付くのは、まちなかが高温になってきているなか、どうしても走っていると暑くて仕方がない。緑を求めて走ってみるが、まちなかには緑が少ないなという印象だ。

信州まちなかグリーンインフラ推進計画を策定

さて、ここからが本題、信州まちなかグリーンインフラ推進計画を説明させていただきたい。

なぜこの時期にグリーンインフラを積極的に増やそうとするのか。長野県は「長野県ゼロカーボン戦略」の中で、2050年までにゼロカーボンを目指し対策を練っているところだが、その中で「2030年までが人類の未来を決定づける10年」とし、気候変動対策については待ったなしの状態になっている。さまざまな施策を練る中で、建設部では、建物の分野として「すべての新築建築物についてZEH・ZEB化を実現」、「信州型健康ゼロエネ住宅(仮称)の普及」を施策として挙げている。また、「吸収と適応」として、森林CO2吸収量を増加させるためまちなかグリーンインフラを拡大するとして取り組んでいる。長野県のグリーンインフラの位置付けについては、行政中心にはなっているが、官民また住民の皆さんの理解も深める中でしっかりと取り組んでいきたい。

気候変動については、長野県でも一昨年の東日本台風や昨年の7月豪雨など、毎年発生する災害に対して治水という観点から従来通りのハード対策のみならずさまざまな主体を組み合わせ、総合的に治水対策を進めようと、「長野県流域治水推進計画」を策定した。この中には、農政部との連携による水田の貯留やため池の活用、遊水地の整備といったメニューも含まれている。各戸に雨水貯留施設を設けて、できるだけ水を流域に流させないという取り組みも進めてきている。

長野県の現状と質の高い緑

特にまちなかの緑に絞って紹介すると、県内の用途地域内(37市町村)でおよそ20年の間に約17%もまちなかの緑が減少している。ただしこれは都市計画に基づいた土地利用の結果で、計画的に市街地を発展させたと言える。こうしたなかでも、地球温暖化対策として「質の高い緑」をまちなかにしっかりとつくっていく。

そのために単発的(点整備)ではなく連続的(面整備)なグリーンインフラを、つながりを持って残していく。例えば駅と歴史的な文化施設を結ぶ道などを集中的に整備すればよりよいまちづくりになるのでは。また、緑の回廊をつくることによって生物をつなぐ道につながりを持たせることができるのでは。多様性の面からも生物の孤立化を防ぐ効果が期待できる。

信州まちなかグリーンインフラ推進計画では、「公共インフラがみどりで変わる」、「都市空間がみどりで色づく」ということで、多様な主体、住民のみなさんや地域の活動を通じて緑を広げていこうというもの。まちなかでの展開方針では、グリーンインフラをまちづくりの手段として捉え、「信州スタイル」として展開方針を定める。グリーンインフラを活用しながら、地域の自然や歴史、風土、農との共生など多様な魅力を活かしたまちづくりを目指す。また、コンパクトシティーのなかで、日常生活や観光等で利用が多い歩行者動線を基軸としながら、歩行者が中心となるまち構造への転換を意識しグリーンインフラの導入を図る。さらに、皆さんにグリーンインフラが十分に浸透していないなか、行政と民間事業者、地域住民が共同で、小さな取り組みから実践しまち全体への展開を図り理解を深める。

計画実行に向けたアクションプランでは、まずは導入効果をしっかりPRしていく。住民に理解していただくため、県有施設でのモデル事業を通じて考え方を広げていきたい。公民共同のまちづくりでは、環境整備ということが大事になってくる。住民や開発事業者の理解、市町村と連携してある一定の基準を設け評価することによってグリーンインフラの理解を広げていきたい。そしてもっとも重要なのは、新たな維持管理体制の構築。今までまちなかの緑をなかなか進められなかった原因に維持管理がある。落ち葉が落ちる、枝が広がりすぎるなどのさまざまな問題が住民から寄せられる。このあたりも住民の理解を進めながら取り組んでいく。ムクドリの問題もどう捉えるかということを住民の皆さんと一緒に考えていかなければならない時代にきているのでは。

県有施設でのグリーンインフラの事例。長野県立美術館は、建設にあたり長野市が整備した城山公園と善光寺周辺の景観や緑を十分に生かしながら、屋上緑化も含め建物にも緑を植えた。松本平広域公園(トランジット広場駐車場)は、雨水の流出抑制をかねて、浸透性のある緑を使った構造物をしっかり考えていくという事例。ヒートアイランド現象を抑える効果も期待できる。こうした事例を大いに増やしていきたい。長野駅東口のポケットパークは、住民の要望で「バタフライガーデン」にしたいと整備。公園に蝶のエサとなる花や幼虫を植えて、公園に蝶が舞う環境にしようとしている。隣の長野朝日放送の屋上でミツバチの飼育もおこなっていることから、私も加わらせていただき、長野駅東口に長野らしい夢のある空間にできたらと思う。

県と4市が「まちなかみどり共同宣言」

県が長野市、松本市、上田市、飯田市の4市と共同宣言をした。特にまちなかの緑の減少が著しい4市との共同宣言によって、連携し緑を増やす取り組みを推進していく。(当日参加した)さだまさしさんから、将来を担う子どもたちに向けて『木を育てることによってしっかり愛を育てていく』というメッセージをいただいた。

■宮入賢一郎氏の話題提供

信州緑花ネットワーク設立

2年前、第36回全国都市緑化信州フェア(信州花フェスタ2019)が開催された。このイベントが、信州緑花ネットワーク設立のきっかけとなった。「北アルプスと花の丘」の景色が長野県らしいものに。フェアを一過性のものに終わらせない、全国に展開していきたい、ということから、協働推進とグリーンシェアスポットを設ける動きに。市民主導型の組織として設立した信州緑花ネットワークが活動している。花の丘の準備については、ボランティアや来場者参加を含む延べ3250人に参加いただき17万6000株の花苗や球根を植え付けた。小学生、中高生、地域住民、公園利用者、来場者、地域緑化のリーダー役となる信州グリーンフィンガーズ、フラワーパートナーズなど幅広く参加。みんなでつくりあげる花壇として活用した。現在、フェアの会場でモデルガーデンとして継続的に活動している。

ほかにも、小諸市の「停車場ガーデン」は公園を使い込んでいるという点でグリーンインフラの活用モデルだと言える。

長野市に整備された公園と役割

長野市内で最近整備された公園は、城山公園、長野市セントラルスクゥエア、長野駅善光寺口駅前広場、長野市役所西側広場(桜スクエア)がある。城山公園の噴水広場のリニューアルや霧の彫刻が人々を楽しませている。付け加えると城山公園の噴水広場は1915年に東洋一と称される大噴水として完成。今年遊べる噴水にリニューアルした。今後50年間を見据えた城山公園再整備の基本構想では、Park-PFIの導入なども視野に入れ検討が進んでいるところ。長野市セントラルスクゥエアは、水遊びする子どもたちや木陰で休む人たちにとってまちのなかの緑の拠点になっている。

グリーンインフラの社会実験

長野駅善光寺口駅前広場では、7月17日から8月9日までの24日間、グリーンインフラの体験コーナーを設置、社会実験を行った。シラカバなど里山にあるような長野らしい雰囲気がある植物を植栽。芝生は南安曇農業高校が育てた厚さ3㎝の「南農芝」を敷いた。イベントなどでも対応できるように、試験的に植栽した。温度測定では、周辺のコンクリートと比較して芝生との温度差が約12℃、植栽の小さな木陰で約17℃の温度差が確認できた。長野市役所西側の桜スクエアは、雨水貯留タンクやかまどベンチがある、防災機能を持つ。ここでの温度測定では、黒い舗装と芝生との温度差が約28℃あった。緑が役立っていることがわかる場所ではないか。

長野市の中心市街地の図面を見ると、水路が結構あることがわかる。グリーンインフラにぜひとも水の要素も加えられたらいいなと思う。大正時代の図面を見ると、古くから水路網がある街が長野市の特徴と言える。1600年代初頭に、松代城主の花井氏により瀬替えが行われた記録がある。ここに現在の水路網を重ねてみると、旧流路や氾濫原の様子、とくに昔の裾花川が流れていた場所に現在の水路が整備されていることがわかる。治水や利水の歴史を交えて考えてみると長野市らしい演出ができるのではと考えている。

長野駅善光寺口からの眺めをみると、せっかくの山並みが見えにくい。長野らしい玄関口の在り方などがストーリーの演出に役立てていけるのでは。

■上原三知氏の話題提供

ストレス減少に寄与するウォーカブルなまちづくり

私が大学で研究しているコロナ自粛前後の行動とストレスの変容について簡単に紹介する。調査はニューヨーク、ロンドン、アムステルダム、東京で行った。43項目の調査の中からどれがストレスの指標の変化に影響しているか。一番面白かったのは、行動範囲が広く、仕事や家庭の満足度が高く、散歩等の頻度が多い人ほどストレス増加量が小さくなる。コロナ禍だからこそ、コミュニティーがストレス減少に寄与することがわかった。また、都市の中を歩くということが重要だとわかった。

日本の主要都市、東京と大阪と長野県を比較するとどうなるか。長野県は他の都市と比べストレスの数値は低くなると思っていたが、田舎は田舎でストレスを感じているということで、残念ながら差はなかった。活気だけは長野県が高いという結果には希望を感じた。さらに、長野県のデータ(約300人)だけを分析してみると、自粛中に歩いた人はストレスが下がったことがわかったのと、車に依存している人はストレスが増えてしまったことがわかった。行き場所がなくなったことが原因。ウォーカブルなまちづくりは長野県にとってまちなかのオープンスペースの活用としても重要なのでは。

伊那谷は、民有地の緑が非常に多い地域。段丘林は木材的に価値がないということで、太陽光パネルに置き換わっている現状がある。これを何とか守りたいという地域からの要望を受け、里山フットパスをつくってみんなで守れないかと取り組んでいる。地権者の人数が多くなるが、みなさんからの同意を得て昔歩いていたルートや松枯れを伐採したルートを繋げて歩けるようにした。

奥山に対して並行にある緑地というのは、より多くの場所から生物が到達できる可能性が高く、生態系保全の機能が異なる。ただで置いておけば無くなってしまうところを利用することで守りたい。これまで誰も入らなかった段丘について、地元の子どもたちが学ぶようになったり、地域の方が観察に足を運んでくれるようになった。フットパスを含む段丘林の自然学習を行ったクラスはそうでないクラスよりもイメージマップに描ける生物の数が多くなった。また、これまでは当たり前のようにあって関心がなかったところが、歩けることでストレスが減る効果によって、大きなブレイクスルーになるのではないか。

■パネルディスカッション

上原:長野県の「緑」の特徴や印象は?

亀山:生き物のことをもっと考えてもいいのでは。まちなかに生き物がいなくなっているが、ポテンシャルはある。子どもたちにとって魅力的な場所になる。

町田:私が住んでいた30年ほど前からまちなかに緑が少ないと言われていたが、当時と比べると空間はキレイに整備されたが、宅地開発が進みグレーに変わってしまった印象。この期間、何が変わったのかを冷静になって見てみたい。

佐藤:都市の自然、生態系は今後ますます注目されていく。ニューヨークやロンドンでは、単なる緑ではなく健全な地域の生態系を持った都市を目指している。それが世界基準になる。

田下:長野県に住む人にとってまちなかを歩いて楽しい場所がほとんどない。市町村と連携をとって進めていかなければ。

上原:維持管理をはじめグリーンインフラを進めるための活動原資は?

町田:行政組織の縦割りによって挫折してきたことが多くある。他分野の連携で相乗りできれば効率的な仕事になるはず。また、公共空間に人が行くということは、そこに税金を投入する価値があると解釈できる。選択されるグリーンインフラを作り上げることが求められていく。

田下:維持管理には住民のみなさんの協力なくしては進まないのが現実。アダプトシステムを活用し緑の育成に努めていただく制度を検討していきたい。

上原:市民をどう巻き込んでいけばよいか?

亀山:庭をもっと楽しむことがグリーンインフラのひとつの原点になるのではないか。

佐藤:公園に集まると生まれるコミュニティーがある。もっと参加したいと思える力が緑やオープンスペースにはある。自分事として考えることが大切。

宮入:共通体験を持つという価値観が大事。それが新しいコミュニティーや協働型の取り組みにつながる。

上原:長野県のグリーンインフラの可能性は?

亀山:公園のようにこれまで制度的に作られてきた緑だけでなく、これからはゴルフ場のような民間が所有する土地で緑を活用する仕組みをつくることができれば長野県の自然を上手に残せると思う。

町田:長野県の県土は非常に広く地域性、多様性があるとてもいい所。これから良くなるだろうという仮説を立て、みんなが共感できる、価値のすり替えのような指標があってもいい。

佐藤:まちの素晴らしさを再発見し掘り起こすイベントを楽しくやっていると、参加者が増えていった。そこにしかない地域や人のリソースにもう一度目を向けてみることが必要だ。(終)