第1回:講演録「標準化するグリーンインフラとまちづくり」
東京農工大学名誉教授 亀山章氏
グリーンインフラとは、世界各地で流行している言葉だが、明確な定義を持っているわけではない。その地域ごとに「これがグリーンインフラだ」と言えばそれがグリーンインフラになる。長野県は県土そのものが緑で骨格をなしていて、グリーンインフラそのものだと言える。県歌・信濃の国の歌詞にもそれが表れている、まさにグリーンインフラの歌だ。
ただし、街の中に目を向けると、生活の利便性を求めて集住化が進んできたため、緑は相対的に少なくなり、生息する生き物も減少傾向にある。そこで今回は、まちなかに目を向けてグリーンインフラについて考えてみたい。
欧州と米国で異なるグリーンインフラの考え方
Green infrastructure(グリーンインフラストラクチャ―)は比較的新しい言葉で、1990年代に入り欧米で盛んに使われるようになった。日本では2010年以降、最近では国土交通省が頻繁に使う言葉として広く知られるようになった。この言葉は、ヨーロッパでの使われ方とアメリカ合衆国での使われ方が異なっている。
EUでは、比較的自然を重視した定義で、特に生態系サービスが基盤に置かれている。生態系サービスは、自然から人へのサービスであり、供給サービス、調整サービス、文化的サービスに大別される。加えて基盤サービスも重要とされている。自然生態系は多機能で、幅広いサービスを同時に提供でき、生物多様性と生態系の状態に大きく依存する。
EUの戦略では、生物多様性の喪失を阻止し、生態系が人々や自然に多くのサービスを提供できるように、健全なグリーンインフラを開発・保存し、強化する必要があるとするのが共通の考え方。グリーンインフラのネットワークの規模、一貫性、接続性が高いほどその利点は大きくなるとし、このようなネットワークを展開する方法を示すことを目的としたあらゆるレベルでの行動を奨励され、みんなで支えていこうという考え方で行われている。
一方、アメリカ合衆国ではまったく異なる。グリーンインフラストラクチャ―は、地域社会が健全な水環境を維持し、多様な環境からの利益を得つつ持続可能な地域社会を維持するために選択しうる手法だ。雨水を排水するパイプのような単一の目的しか持たないグレーインフラストラクチャーではなく、雨が降った場所で雨水を管理するために植生や土壌を活用するものがグリーンインフラだとされている。
このように、それぞれの国が置かれている状況によって考え方が異なっているということがわかる。
体系的・多機能的で戦略的なアプローチ
自然保護は、1960年代は個々の土地を守ることだったが、今日ではオープンスペースのネットワークを守ることが必要であり、そのためには体系的であること、単一ではなく多機能的であること、小さな規模より大きな規模でとらえ、地域を保全する戦略的なアプローチが必要だと考えられるようになった。ヨーロッパでは、対象となる場所が緑地、植林地、野生生物の生息地、公園、そのほか自然性の高い地域のネットワークであり、新鮮な大気や水・自然資源を維持し市民の生活の質を豊かにするものだと考えられている。
長野県は今年4月、全国に先駆けて「信州まちなかグリーンインフラ推進計画」を策定したというのが画期的。ここでは、水やみどり、土など自然の機能を活かしたインフラ、環境・経済・社会の複数の課題解決に資するインフラ、新たなコミュニティの創出につながるインフラであることをポイントに挙げている。また、県ホームページで公表されている「まちなかみどり宣言」では、公共インフラが「みどり」で変わるというように、道路や公園、広場、河川や水路を使って緑のインフラにしようという考え方で、街の中の駐車場や空き地、建物を緑にするということが宣言されている。その中には、2050年の信州型のグリーンインフラの将来像が描かれている。
グリーンインフラとまちづくりを考える5つの提案
グリーンインフラとまちづくりを考えるうえで、「人口減少と立地適正化」「多様な空間とネットワーク」「インフラの多機能化」「道路施設の機能と計画」「エコロジカルな施設の構築技術」の5つについて提案をしたい。
「人口減少と立地適正化」
これから進む人口減少を背景に、国土交通省は各市町村に対し、立地適正化計画の策定を指導している。そうすると、土地利用の再編が必要になるが、そこにグリーンインフラの発想が求められる。ポテンシャルが高い土地の利用をどうするか。
例えば草地。かつて長野県内は10%ほどが草地だったと言われているが、今はほとんどない。草地に生息する昆虫類が非常に減っていることからも、芝草地をレクリエーション利用するとか、放牧や採草地にすることを考えるのは重要だ。林地は、それぞれが土地を持ち、好みの木を植えて利用する「ホビー林」や、レクリエーションとして森林を利用するとか、薪やキノコ採りに利用するなどが考えられる。さらに長野県では天蚕(てんさん)という活用もあるのではないか。他にも、ホビー農や貸農園、貸庭園など農地として利用する考え方や、リモートオフィスやセカンドライフを過ごす住まいとして利用する考え方もある。このように、土地利用の再編にグリーンインフラをどう利用するかが大きな課題となっている。
「多様な空間とネットワーク」
また、多様な空間とネットワークするという考え方。例えば河川は堤防と分断して考えがちだが、千曲川と犀川の合流点に生息する豊かな自然や生きものを利用するという考え方が大事だ。
「インフラの多機能化」
さらに、インフラの多機能化という視点では、開発調整池を整備するときにどう多機能化を図るかということを例に挙げる。千葉県の例では、道路整備にあたり調整池と路面排水浄化施設の開発が必要だった。この2つを組み合わせた調整池を作ろうとした。調整池は、一般的には河川の流量が増大するのを防ぎ調整するための施設で、降雨時に貯水するものというのが基本的な計画・設計だが、だからといって平常時に貯水してはいけないというものではないことから、大きな調整池を作ろうということになった(下写真)
路面排水を含む流出水はできるだけきれいにしたいものとして、地域への負荷を軽減するためには浄化が不可欠。そこで、路面排水を油水分離槽を設置し油と水に分けて礫間浄化し、ヨシによる水質浄化を試みた。また、法面から湧出する水は、水路に直接流さず調整池に導入し水質が良い状態の池になったことで、生きものが生息。ヨシの生育が水質浄化になった。
こうした発想がインフラ整備の多機能化という点で重要な考え方だ。
「道路施設の機能と計画」
道路施設については、どう考えるか。長野県のまちなかグリーンインフラ推進計画の中には、現在は片側2車線道路に中央分離帯と路肩と歩道が整備されているものを、今後車両交通量が減ることを見越して、中央分離帯を無くした車道を片側1車線にし、自転車通行帯と植樹帯を配置、路肩だった分を歩道に広げオープンテラスなど歩行者利便増進施設を設置するという将来像を、街路樹を活用した沿道活性化型の幅員再配分例として示している。道路もこうした多機能化を考える必要がある。
道路横断施設を整備した千葉県の例では、高速道路を通すことで山と山が分断され動物たちが行き来できなくなってしまうことから、道路の上に蓋を被せてトンネルにし土を盛り、木を植えて林の状態にしたもので、生態系をできるだけ壊さないようにした。これはなかなか難しい例である(下写真)
フロリダ州では、緑の中を歩こうという「Florida Greenways System」という考えがあるが、これはコロナ禍の中での現代人にとって非常に大事だ。信州にもグリーンウェイシステムを。
「エコロジカルな施設の構築技術」
最後に、エコロジカルな施設を作るときには、日本庭園で使われているような技術が役に立つ。庭は、好きな風景や好きな自然の容れもの。そこに生態系と生物多様性を容れてみるとよい。例えば「車1台分の庭」。家の駐車場だったスペースを庭にした例だが、そこにたくさん鳥が飛んできたりする。こうした技術を上手に活用していくと、街の中に豊かな自然を作ることができる。それが、みなさんがそれぞれに出し合ってグリーンインフラを進めることになるのではないか。全員参加でグリーンインフラを街の中に作っていくことを提案したい。(終)